「生活支援業者」を目指して
私たちは地域とともに歩む生活支援業者でありたい。「地域の守り手」になりたいと考えています。
株式会社彩里のルーツは、1984年、現会長の井上誠二が、京都で不動産業を立ち上げたことに始まります。以来、京都地元密着の不動産会社・建築会社として、多くの皆様のお手伝いをしてきました。
その中で、ずっと考えてきたことがあります。
大切で高額の財産である不動産を売買することは大変なこと。慣れないことにストレスを抱える方も少なくありません。だからこそ、それをお手伝いする私たちは、お客様の悩みや迷いにじっくりと向き合い、寄り添って、一番いい方法を探さなくてはいけないと思ったのです。そのためには、街中のきれいな機能的なオフィスでよそ行きの顔で向き合うのではなく、ゆったりと心を開いて話せる空間、私たち自身が、生活者として暮らしを楽しんでいる場が必要だと考えました。それを実現させたのが、彩里の里山オフィスです。
人口減少のステージに入った日本では、1000万戸近い住宅が空き家となっています。その多くは地方や郊外部に存在しています。この現象は、国際観光都市として国内外からの人気が高く中心部の地価が高騰している京都も、例外ではありません。
一方で、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展もあって、勤務地やスタイルを問わない働き方や暮らし方が広がり、職住一体・近接、非接触型や二拠点居住など、ニーズの多様化が進んでいます。それは、仕事のために都心部に居住する必要がなくなったことを示します。このことは、地方や郊外部にとっては大きなチャンス。土地の魅力を発信して新たな付加価値を創造し、活性化することができるのです。
活用されずに眠っている空き家や土地に、新しい付加価値を見出すこと。この考え方は、相続コンサルティングにも当てはまります。円満相続とは、相続人だけでなく相続の対象となる不動産が一番いい形で活用されることを意味するからです。
悩みを抱えて暗かったお客様の表情が、私たちと一緒に考えることで生気を取り戻して明るくなっていく。活用されずにくすんだ色合いだった不動産が、新たな付加価値を見出されて、命を吹き込まれる。そして、彩りゆたかに実っていく――。
私たちは「里を彩る」という言葉に、そんな思いを込めています。
文字通り、彩りに満ちた美しい里山にオフィスを構えました。もちろん周囲の環境にとけこんだ木造平屋建て、内装はすべて無垢材を使用しています。一枚板のテーブルのあるリビングは南に面していて、大きな掃き出し窓からは畑と庭が見えます。このテーブルで、サイホンで淹れたコーヒーを飲みながら、お客様のお話をじっくりとお聞きしています。
さんさんと太陽が降り注ぐ広い縁側には、収穫したばかりの野菜を並べて。玄関に回らずに、こちらから直接上がり込む来訪者も少なくありません。ここに収穫した野菜を並べて、その日の収穫を祝っています。 この彩り豊かな里から、株式会社彩里の新しい挑戦が始まります。
スタッフ紹介
井上誠二 代表取締役会長
群馬県出身。京都の街に魅了されて同志社大学に入学、以来40年以上を京都で過ごす。在学中から起業を志して、卒業後に不動産業を開始。「よそ者だからこそ京都の魅力に気付ける」をモットーに、仲介、分譲事業のみならず、こだわりの詰まった注文住宅や町家の再生、在宅での介護を可能にする福祉リフォームなど、さまざまな事業を発案して展開。京都の不動産・住宅業界とともに歩み続けてきた。また、中小企業が社会を支えるという信念のもとに、京都中小企業家同友会・代表理事(2023年2月現在会勢約1760名)等の要職を歴任し、後任の育成にあたった。
ジャズから歌謡曲まで多彩な音楽を愛し、自らは尺八を演奏。いつも鞄の中に楽器をしのばせている。里山オフィスには、こだわりのオーディオセットや楽器類、そして長年集めてきた名盤コレクションを持ち込んだ。
三輪幸徳 代表取締役社長
大学卒業後、生命保険業界を経て注文住宅の営業マンになり、住宅と不動産の面白さに目覚めた。もっと不動産を幅広く勉強したいという気持ちが高まり、また、地元の京都に戻りたいと考えて京都で転職先を探し、縁あって井上の部下に。入社以来、仲介、分譲など営業の第一線で活躍し、店長や経営企画室室長などを経験して2020年に常務取締役就任。とかくブラックと言われがちな不動産業のイメージを払拭すべく、社内の勤務状態を見直し、人事刷新をはかり、社会の変化に対応できる会社づくりを目指した。創業社長の後継者に指名され、「続いてきたものをつぶすわけにはいかない」と大きなプレッシャーと闘いながら、株式譲渡の経営判断を下した。これからの不動産業のありかたを模索中。
松本一宏 管理部長
古くからの知人である井上と三輪からの10年来の熱いラブコールを受け、2022年秋に大手電鉄会社からの転職を決意。ちょうど株式会社彩里が新スタートするタイミングで合流した。 学生時代のクラブOB会や大学ゼミ会、地域の子ども会、小学校のPTA会長など、さまざまなコミュニティをつくり、率先して運営してきた。特に、コロナ禍の最中にPTA会長として学校行事に取り組み、子どもたちを安心安全に登校させることと、今しかない小学校時代の思い出作りをさせるために奔走した。自称『いい意味でも悪い意味でも、いらんことしいのおせっかいおやじ』で、「人の出会いは、一期一会で終わっては寂しい」がモットー。