二代目社長の戦い、そしてこれから

三輪幸徳 インタビュー

――住宅と不動産の仕事との出会いは?

大学卒業後、全国転勤の生命保険会社に勤めていましたが、獣医師をしている私の父親が大腸がんを患い、実家がある京都に戻ってくる必要がありました。人生を模索する中で、注文住宅の仕事にめぐりあいました。住宅という形のあるものをお客様の立場になって一緒につくりあげていくという過程に魅力を感じました。やっているうちにどんどん不動産の世界の面白さや奥深さがわかってきて、もっと幅広く勉強したいと考えるようになったんです。

――そして、井上会長と一緒に仕事をするように?

20代後半に差し掛かって、そろそろ地元の京都に帰りたいと思っていました。不動産の仕事ならば京都でもできると考えて探しはじめたところ、井上が創業した会社がヒット。ここならいろんな仕事が経験できると思ったんです。それと、たまたま同じ大学の出身だと知って、「面接で会話が弾むんじゃないか」という下心もありました(笑)。

――入社後は、どんな仕事を?

2014年に入社。仲介や売買の営業はもちろん、新築住宅やリフォーム、そして大規模なマンションの分譲も担当しました。店長をつとめていたときには、マネジメントの難しさにも直面しました。生まれ育った京都での仕事はとても楽しく、やりがいがありました。しかし次第に、不動産業の持つ構造的な課題にも直面するようになったんです。

――いわゆる「不動産はブラック体質」というような?

実際はそんなこともないのですけどね(笑)。やはりお客様相手の仕事ですから先方のご都合が最優先で、人が休んでいるときに働くことが多くなります。どうしても勤務が不規則になったり、休みがとりにくい。それと、不動産をとりまく環境は劇的に変化しているのに、旧来のスタイルにこだわったり、自分のやり方を部下に押し付けてしまうベテランスタッフも一部にはいます。意識改革やIT化が進まない。そこを変えないといけないと思っていました。

――経営企画室で経営戦略に携わり、2020年に常務に。まだ30代前半でしたよね。

はい、不動産業の課題を実感していた自分が、その改革を推進する立場になったんです。さらに会社として事業承継を考えるタイミングにきていて、自分が後継者と目されるようになった。正直、「火中の栗を拾ったのかな」とも思いました。

――「後継者」であることを意識したのは?

ある日、当時社長だった井上に「一杯行こう」と呼び出されて、そこからですね。

――2代目の重圧はありましたか?

それはもちろんです。2代目社長という存在は、偉大な創業者とシンクロしつつ、違う何かを作り出さないといけない立場です。正直、それまでは会社の一員、つまり従業員体質でした。それが社員に対して責任を持たなくてはいけない立場になり、メンタル面でものすごく鍛えられたと思います。

――2022年、井上社長の病気がきっかけになって、株式譲渡という重大な経営判断がありました。

実は、提案をしたのは僕のほうです。2020年からのコロナ禍によるダメージ、そこに井上の入院が重なりましたが、それで会社が揺らいでいたわけではありません。資本的、経営的にも特段の問題はなく、適切な手を打ちつつ続けていくという選択肢ももちろんありました。しかし、これまでのお客様へのサービス維持と、全社員の雇用確保を考えたときに、それでいいのかと。今まで続いていたものを、自分の代で止めるわけにはいかないのです。

とはいえ、創業者の井上は会社に対して強い思いを持っているはずで、切り出すのには結構勇気がいりました。でも、「そうだな、そうしよう」と井上の決断は早かったです。

――株式会社彩里は、働き方改革を掲げ、時間と心のゆとりを大切にするという、ある意味、「やり手の不動産会社」とは正反対のイメージがあります。あえて訊きますが、三輪さんはまだ30代。「もっとガンガンやりたい」というジレンマはありませんか?

「自分たちが仕事を楽しみ、無理なく続けられるような働き方」と、会長の井上は言っていますよね。でもそれは、40年間で培った経験と人脈を持ち、それらを駆使して仕事ができる、今の井上だから言えることでしょう。経験も人脈も未熟な僕には、正直それでいいのか、という気持ちはあります。お客様の立場から見て、「私たちはのんびりやっていますよ」なんて言う会社はどうなのかと。

――「野菜なんか作っていないで、はやく買い手を見つけてくれ」と言われそうです。

そうでしょうね(笑)。お客様の大切な財産をお預かりしている以上、一刻も早く買主を探したいし、家を探しているお客様には理想の住宅と巡り会っていただきたいし、賃貸の空室は避けなければいけません。のんびりやっている場合ではないですし、もちろん、そうするつもりもありません。お預かりした物件には、あたりまえですが全力を尽くします。で、その全力を尽くすためには、余裕のないガムシャラな動きではなく、私たち自身がまずゆとりある生活のなかで健やかであることが重要だと考えています。

働き方改革は、仕事の手を抜くこととはまったく違います。ゆとりの中から生まれるアイディアや活力で今までになかった付加価値を作り出し、高い生産性を実現する。それが株式会社彩里のミッションだと思っています。